Indie Rock専門レコード店TINY RECORDSのBlog Site。ほぼ日で更新中。
by tiny_yagihashi
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カテゴリ:History Of Tiny( 7 )
History Of TINY RECORDS ~其の六(27歳頃のお話)~
出店準備は思っていたとおり、やはり楽しいばかりでした。

ただ、金銭的な制限が相当にあったので、とにかく用意できる金額内で収める事が最も頭を悩ませるポイントだったかもしれません。

それもあり最終的に選択したのは渋谷宇田川町の東急ハンズ向いにあるノア渋谷ビル。

over 30なレコード好きな方にはノアというだけで伝わるかと思いますが、レコード屋さんも多く入っている建物で、僕も良くレコードを買いに行っていたビルでした。

ただ、その間取りと広さは6畳1Kという世知辛さ。
狭いけれど家賃も許容範囲。
立地はビル4階というのは悩みましたが、レコード屋が世界一密集する宇田川町。

いざ、ここで出店の準備を進める事となりました。

内装は、お金が無いという理由もありましたが、なるべくできる事は自分でやってみようというインディペンデントなマインドもあったので、全て自分でやる事にしました。

床に敷き詰められていたクッションフロアかなにかを全て引っペがし、大量の木材を買い込み、好みの色に塗り、ギコギコとのこぎりでそれらを切り分け、床を板張りに。
レコード棚や、レジカウンターも同様に、大量の木材を買い込み、好みの色に塗り、ギコギコとのこぎりでそれらを切り分け、ドュルルと電動ドライバでそれらを組み上げ、出来上がったひとつひとつを店内に配置しました。

店舗営業もせずに店舗家賃を払う余裕などなかったので、ほぼここに寝泊りしながら内装を作りました。

オープン日をTINY RECORDSのサイトでお知らせし、メール会員の方にもそれをお知らせ、ショップカードをDJパーティーなどでバラ撒き、web上で店舗情報を登録できる情報サイトなどを夜な夜な探しては登録し、お友達にも無論キテネとお知らせ。


いよいよオープン日を迎える事となりました。

来てくれた知り合いと言えば、地元の友人達と母親くらいなものでしたが(この時点ではあまり東京に音楽仲間はいなかったので)、ネットショップで買ってくれていたお客さんが多く来てくださって、悪くはないかな。といった按配の売上でTINY RECORDS渋谷店はスタートを切りました。

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by tiny_yagihashi | 2012-09-13 19:40 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~其の五(27歳頃のお話)~
Yellow Pop下北沢店での勤務は考えていたとおり、非常に有意義な時間でした。
運営規模も3店舗あるものの、これから自分がやろうと考えているサイズの店舗にフィットするもので、"販売員"という立場の自分にも店舗管理がくっきりと見えそれを大いに学ぶ事ができた。

例えば、消耗品であるレコード・ヴィニールや買い物袋の発注であったり、出納帳のつけ方であったり、ユニオンのような大きな規模の店とはまた違った商品の回転のさせ方、仕入れ方法等々。

あとは単純にお世辞にも綺麗なお店とは言えない店内にぎゅうぎゅうにレコードが詰まったあのお店の雰囲気はとても自分の好みのスタイルで、"やっぱレコード屋やりてぇなぁ"という気分に拍車をかけてくれました。

更に、中古盤屋で働きながらもオンラインショップをやっているという微妙にナンセンスなこの行為を認めてもらっていたのも本当に有難かった。

渋谷店や川口店での勤務もたまにあったり、いくつかのレコード店が集まるレコード市のような物への出店も各所で定期的にあったりしたので、そういった時には休憩時間や帰りにその土地のレコード屋を回る事ができたので仕入れ量や質も上がり、オンラインショップの売り上げもこれまで以上に伸びる事となりました。

今振り返るとオンラインショップの売り上げはこの頃が最も良い時期だった訳ですが、通販でこの売り上げがキープできていれば実店舗を出しても大赤字は出さないであろうという見込みがこの頃ようやく立ちました。

"開業資金のメドも立ってきたし、オンラインショップの売り上げも伸びてきた。そろそろ具体的に出店のプランを詰めていこう。"

そんな事を考えていた自分にとってはなによりも大きなニュースがこの頃届いた。

以前同じレコード店で働いていた井手さんが地元熊本でレコード店をオープンしたという。
そう、TINY RECORDSとは何度も色々な企画をやらせてもらっているPEANUTS RECORDSだ。

この知らせは勿論嬉しい知らせであった訳だが、それ以上にとても驚いた。

何故なら、"店を出す"なんて言ってる人は周りにいくらでもいたが、実際にやる人なんてまだこの頃の自分の周りにはいなかったというのがひとつ。

もうひとつは"通販で売り上げベースが計算できるようになってようやく具体的に出店のプランを詰めていこう。"と思えた自分でさえまだ出店への不安があったのに、オンラインショップも無い状態でいきなり出店という迷いのなさに驚いたのだ。

飲食店なら別にここまで驚きもしないがなにしろレコード屋な訳で。
この当時でさえ既にレコードの需要など無いも同然。
新店もできていたにはできていたが、潰れていくレコード屋の数の方が断然上回るという状況下。

それは承知の上で出店のプランニングをしていた訳だが、まさか同じような事を考え実現させる人が身近にいるなんて。。

言うまでもなくTINY RECORDSの実店舗出店において、これ以上に自分の背中を押した出来事はなかった。



ほどなくして、独立の為、退社する意思をYellow Popに伝えた。
無論、TINY RECORDSの実店舗をオープンする為に。

経営も経理もあくまで独学でしかなく、独立開業するにはその点において未熟すぎる事は自覚していた。
どこか学校へ通うなり、資格試験受けるなりしてからの方がいいのではないか?
とも考えた。
でもこの時の結論はこうだ。

"学校に通って百万なり何百万円を使うくらいなら、そのお金で開業して実際にケース・スタディする方が学校なんかに行く何倍も身になるのではないか。"

つまり、この後オープンする事になるTINY RECORDS渋谷店は時期こそ決めてはいなかったが、閉店させる事は前提に考えてオープンした訳だ。

理由はレコード販売のみの形態で一生食べてはいけないだろうと思っていたから。
でもレコード屋はやりたいと思ってしまった以上やれる時にやっておきたい。

自己資金で借り入れさえしなければ、大きな借金を背負い閉店する事はないだろうし、これまで貯めたお金が吹き飛んだとしてもお釣りが来るくらいに自分自身の為になるだろう。

そこで実体験として学んだ事は、後にレコード店とは違う業種で起業したとしても必ず活かされるはず。



仮に順風満帆軌道に乗れば、頃合をみて拡大移転や異業種をお店に取り入れて一生食えるお店を作れば良し。

仮に売り上げ不振で自己資金で解決できる範囲を超えてしまったら、一度閉めてまたこの経験を次に活かせば良し。


そんな都合の良い二段構えを頭の中に用意して、いよいよ出店準備スタート。
この時27歳。
"27歳のうちにオープンさせたいな。"
なんて普段はあまり好まないロック・スター信仰が頭をよぎった。
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by tiny_yagihashi | 2009-12-09 03:50 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~其の四(20代中頃のお話)~
商品仕入れという商売の当たり前に直面し、最初に実行したのは中古盤屋でいわゆる"値段の付け損ね"をしたレコードを探し歩くという地道かつ手頃といえば手頃な仕入れ方法。

今は中古盤屋の仕入れが控えめだったり弱気なお店が多いけれど、その頃はまだ仕入れも積極的なお店も多く、商品の回転の速い店が多かったので、足繁くレコード屋を回るとレア盤が数百円で出されちゃっているという事が相当あった。

その頃は既にディスクユニオンを退職し、町田の古着屋→町田のvirgin megastoreと職を町田で繋いでいたので毎日町田のユニオンに行き、仕事後や休日は渋谷、下北沢、吉祥寺、横浜、淵野辺辺りのレコード屋をホームに付け損ねを探し歩いていました。

それだけ毎日探し歩いていると収穫は多く、TINY RECORDSの入荷ペースも上がり、それに比例するように売り上げも徐々にではあるが右肩上がりになり、レア盤を集めた放出セールも商品のアップと同時に多くのオーダーを戴けるように。

仕入れた枚数や原価から、販売価格を設定したり、アップした商品をいつまでに何パーセント売れば利益や次の仕入れにお金を回せるか等を考え、その結果がダイレクトに自分に跳ね返ってくるというのは予想以上に楽しく、仕事後の毎晩、大量の商品コメントやレビューを書くのが楽しみなくらいでした。

仕入れの方も足で回るだけでは追いつかない時もあり、友人からレコードを買い取らせてもらったり、HPを見たお客さんからレコード売りたいという連絡を頂き、レコードを配送してもらって査定してお金を振り込んだりという所謂"買取り"も地味ながら始めたりといよいよオンラインショップらしいスタイルが出来上がってきました。

今にして思えばこの辺りが良く聞く"軌道に乗る"という時期だったのでしょう。

売り上げが伸びてくるというのはつまり、HPのアクセス数もある程度比例し伸びている訳で、買った事のあるなしは置いておいて、"ギターポップ"や"Indie Pop"(この頃はIndie Rockという呼称よりもPopという方がしっくり来る時代でしたので)が好きな人にはお店の名前を認知してもらえていると実感する事も増え、それに伴い国内のIndie Labelさんから商品の取り扱いのお願いを頂く事も多くなってきました。

正直な所、中古レコードメインの商品展開だったので、新品のCDの仕入れは赤字採算になるケースがほとんどでしたが、平行して新譜の仕入れや委託販売も始めました。

尊敬できる運営をされているレーベルさんからリリースされる作品や、気に入った作品を自分のお店で扱えるというのは筆舌に尽くしがたい喜びがあるものなのです。

軽いノリとも言えるきっかけでスタートしたOnline Shop TINY RECORDSでしたが、実店舗のオープンを考えはじめたのもこの辺りでした。

中規模の新品/中古レコード店(Disk Union)、大規模の新品CDストア(Virgin Megastore)で買取りや値付けの知識、レイアウトやキャプションの作成、接客というような店頭での業務は学べていたつもりだったので、後は裏側。
経理や各種書類作成といった部分を学びたいと考え、その為には小規模のお店で働こう。
そう思って次の働き先となったのが、Yellow Popという下北沢店、渋谷店、川口店の3店舗を持つオールジャンルの中古専門レコード店でした。

たしかこの頃が25歳。
場当たり的に食いつないできた自分が、初めて明確な目的を持って選んだ職場でした。
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by tiny_yagihashi | 2009-11-29 23:45 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~其の三(23歳の頃のお話)~
"レコードを売るホームページを作ろう。"
そう決めてからはあっという間。
あーしたいこーしたいという自分の意見をHPを作ってくれる友人に話し、"これよりこうのが良くない?これはできないなぁ"みたいなやりとりを繰り返し、1ヵ月程でページはみるみる完成してゆく。(依然この時PC超初心者なので実作業はノータッチ)

すると
「ドメイン取りたいから店の名前決めてくれない?できれば早めで。」
大なり小なりお店と名乗るからには確かに必須である屋号という大事な事を思いの他大慌てで考える事に。

"名前なんてどうでもいい"
そんな漫画"寄生獣"ばりに名前に頓着がない自分はおもむろに英語辞書をひっぱりだし、パラパラと単語の羅列に目を落とす。

そこで目に留まった単語が"TINY"。

英語に弱い自分は産まれてこの方この単語はカヒミカリイのTINY KING KONGでしか目にした事がなかった。当然意味も知らない。
"意味:ちっぽけな,ちっちゃな,とても小さい"
とある。

ROUGH TRADEが世界で一番カッコいいレコード屋の名前だと思っていた自分はこの肩肘張ってないゆるい感じ(意味も響きも)がそこそこ気に入った。
名前も短い方が良いと思っていたし。

なにより、これから始める店はなんのノウハウもない23歳の小僧がはじめる間違いなく小さな店であったし、自らを"ちっぽけ"と名乗る事は銭稼ぎしか頭にない大型音楽ソフト販売店へのカウンター的なニュアンスも込められると思った。

更に、自らの立ち位置(今は文字通りちっぽけな店という)に自覚的であるという事は、Indie,Independentを体現するのに不可欠な要素であると考えていたので、"そこそこ気に入った"ではあったが悪くはないと思った。(カウンターというのは足場があってこそ打つ事ができる。つまり自分が何者でどの程度の者なのかに無自覚であったり、大きめに見積もる人というのは立ち位置に無自覚=足場がない。それではカウンターにもならなければ、ステップアップだってできやしない。そう考えていた)

というもっともらしい理由付けの他にカミングアウトすると、もし軌道に乗ったりしてそれなりの実店舗を持つ事になった時、店はデカイのにTINYって名前なのもカッコいいかなとかも思ったんだけど笑


そんな訳で店の名前はTINY RECORDSに決まった。
HPを作ってくれた友人の反応がいまひとつだった事も鮮明に記憶している苦笑


ページも完成し、あとは商品を入力していくだけ。
通常のお店なら「さあ、仕入れだ!」という所なんだけど、最初の商品は私物。
と言っても、気が付かずダブって持っていたり、レア盤なのに数百円で売ってたりしてなんとなく持っているのに買ってしまったり、"これは名曲過ぎるから3枚買いだ!"と勢いで何枚も買ったりしてしまっていたレコードを自室のレコード棚から掘り出しそのレコードを商品とした。

そう、私物の中でも複数枚所有しているレコードだけが商品となる格好だ。
この頃は完全にコレクター気質でレコードを買って集めていたから自分が持っているレコードしか売らないのが自分内ルールでもあった。(それは後に崩れてしまうんだけど。。)

商品入力画面にアーティスト、タイトル、型番、盤質、価格、商品コメント等を地道に入力していき2002.9.12(かな?多分)無事TINY RECORDS OPEN!
なんだけど、ただオンライン上にアップした所で誰も見てはくれない。つまり注文は来やしない。


お店もイベントもレコードも、それを作りあげていく作業が恐らくほとんどの人にとって一番大変だし同時に一番楽しい。

だけどそれを"成功"させるのに一番必要なのはその後。プロモーションというやつである。
どんなに良いお店を作ろうと、どんなに良いDJをしようと、どんなに良いレコードを作ろうと、それだけでは自己満足に過ぎない。そんな"好き"や"楽しい"だけじゃやっていけない当たり前の真理というか現実にハッとした。

PC超初心者という言い訳はやめて、どうしたらTINY RECORDSに気が付いてもらえるのかを模索し、検索上位に入れるにはどうしたら良いのか、どうしたらブックマークしてもらえるのか、宣伝はどこでできるのか、という事を調べて片っ端から試し始めた。


最初の注文が来たのはたしかオープンから10日か2週間くらいだったと思う。
それからは月に4,5件の注文が来る程度という状況が半年程続いた。

徐々に気が付いてもらえ始めたのにも関わらず売上が伸び悩んだ原因は分かっていた。
商売の基本中の基本であり最も重要であるとも言える"仕入れ"である。

"レコード店"と名乗るにはアップしている商品の数が明らかに不足していた。
見てくれている人の側に立って考えれば、より多くのレコードから選びたいのは明白だし、その必要数に達していない段階でオープンしたのは自分の見切り発車だった。
とはいえ、この頃は完全に趣味でやっている事だったし、売れる売れないよりも単純に早くHPを公開したくて我慢できなかっただけなんだけど。。


"私物の中でも複数枚所有しているレコードだけが商品"

このルールを破らずに商品数を増やすには仕入れをするしかない。
けど、それには先立って自分のお金を使い、売る為のレコードを買わなくてはならない。

「金使いたくねぇなぁ。。」
商売のいろはも分からぬ23歳が思った率直な心境であった。
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by tiny_yagihashi | 2009-11-13 05:34 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~其の二(20代前半の頃のお話)~ 
Disk Unionに入ると、当時(1999年前後くらいかな?)は今に比べてレコードの価格が安い上に新品商品は社員割引ができるので、入荷する新譜ほとんど買うくらいの勢いで買うようになった。(キャプションを書くために開封して音を聴くので買い取らないといけないというのもあり、、)
LPとか1000円切ってたし7inchとか300円くらいだったかと思う。
中古盤も当然買い続けているので、誇張抜きに月にレコードダンボールが2箱も3箱も増え続けていった。

レコード屋となると、好みのタイトルだけでなく、不得意なジャンルも(と言ってもINDIE/ALTERNATIVEフロアですが)コメント書いたり、査定したりする事になるので、ユーザー経験だけでは得られない知識がかなり付きこの時期の経験はその後に大きく役立ちました。

あまり職場でプライベートな友人ができない自分でも、この当時の同僚とは現在でもかなりの人数と良い付き合いをしていて人脈という意味でも得るものは多かった。

10代の頃からLONDON NITEや西麻布YELLOWなど色々遊びに行ったりちょろっとDJしたりはありましたが、初めて自分主催のDJイベントを始めたのもこの頃。
STONE ROSESの2ndアルバムから拝借し、BREAKING INTO HEAVENという名前で多分2年弱くらいやったような。会場は渋谷のBar Shifty。
たった2人でやっていたイベントだったので友達を必死に誘ったり、ゲストDJ探したり、フライヤー作ったり、カセットテープ作って配ったり、お店の人と連絡して日時や条件を話したりというやる事全てがまだまだ不慣れでしたが、これも後になって思えばとても貴重な経験。

とはいえ、Disk Union在籍中はまだ
"レコード屋を開業したい。"
どころか、音楽業界で働く事自体、具体的には考えていませんでした。
まだアパレルにも興味が捨てきれていなかったのもあり、Disk Unionと平行して町田の古着屋でも働くようになり、そのままDisk Unionを退職しその古着屋で働く事に。


自分は起きている最中は常に、漠然とではなく具体的な考え事をしてしまう性分なのですが、この古着屋時代辺りにこんな思いつきをする。

「俺多分、レコード売るくらい持ってるし、値段もだいたい分かるし、中古盤屋行くとレア盤が数百円とかで出されてたりするし、リスト作って印刷してメールオーダーとかでそういうレコード売れば生活できたりするんじゃないかな?」

という事をひらめき(当時レコードはお店で買うものと思ってた自分には"ひらめき"だと思った。。)即、友人に相談した。
其の一で中学高校時代一緒に音楽聴いたり、上記のイベントを一緒にやってた友人である。

「おい!俺すげー事思いついたんだけど!レア盤とか持っててもいらないのって結構あるじゃん?あとレコ屋で値段付け損なってレア盤安く落ちてたりすんだろ?そういうのを集めてリスト作ってメールオーダーで販売したら結構売れるんじゃねぇか?」

鼻息も荒くそう告げると友人はこう返した。

「ああ。まあそういうのあるよね。つーかそんな事するんだったらホームページ作ってそこで売った方が良くね?簡単なので良ければ俺が作ってやるよ。」

これはかなり衝撃だった。
パソコン持ってないどころか、ユニオンで商品名入力する位しかパソコン触った事ない自分にとって、ホームページでレコードを販売するという発想は皆無だったし、更にそれを一番身近な友人が作れるっていうのも驚いた。

でもそんな訳で話はすぐに決まった。
"レコードを売るホームページを作ろう。"
この時が23歳。2002年の初夏の話。


其の三へ続く。
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by tiny_yagihashi | 2009-05-14 02:42 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~其の一(10代の頃のお話)~
レコード屋を始めるお話をするとなると、やはり書いておかないといけないのが音楽遍歴。

BGMとかではなく、意識的に音楽を聴いたりCDを買ったりしだしたのは小学校5年か6年生の頃好きになったTHE BLUE HEARTSだろうか。
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おそらく多くの人がそうであるように、高校生辺りまでって今にして思うと異常なくらい同じCDを毎日何十回もリピートして聴いてたと思うのですが、御多分に漏れず自分もそうでした。
勉強はそこそこできたけど、"良い子では無い"という意味で不良だったので歌詞とかもまるで自分の事を代わりに歌ってくれているみたいとか思ったりして中学3年生くらいまでほぼTHE BLUE HEARTSしか聴いてなかったんじゃないかなと。
今思い出しても常軌を逸した聴き込みぶりだったので、人生で一番たくさん回数を聴いたバンドはこの先も不動でTHE BLUE HEARTSでしょう。

中学3年生(2年だったかな?)あたりになるとMr.BIGとかAEROSMITHとかBON JOVIといったHR/HMを友人宅で聞いて一瞬ハマったり。

そしてその直後に所謂、渋谷系と遭遇。

そもそも僕は中一からハタチくらいまでの間は、気が狂ったようにファッションが好きで中学生の分際で平服にプレタポルテばかり着るような子でした。

なので渋谷系と呼ばれるような音楽に出会ったのもファッション誌で度々目にするようになったのがきっかけ。

でもこれはもしかしたらTHE BLUE HEARTS以上に大きかったのかもしれないのです。

フェイバリットはPIZZICATO FIVEやFLIPPER'S GUITER、CORNELIUS、カヒミカリイといった定番のアーティスト。

ファッション好きのガキんちょにそれらは大層オシャレな音楽に聴こえ、これまたオシャレ的思想で"CDよりレコードのが飾ったりできるしカッコいいから"程度の理由でレコード・プレイヤーを買いレコードをメインに買うようになったのもこの頃です。

ちなみに初めて買ったアナログ盤はCORNELIUSのThe First Question Award。
本厚木のパルコに当時あったWAVEというレコード屋で買いました。
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このレコードのお陰で、ソフトロックやらソウルやら多くのジャンルに興味を持ったり、掘り下げて聴く楽しさを知ったようにも思います。

同時にBrit Popブームも直撃し、OASIS、BLUR、RADIOHEAD、STEREOPHONICSなどなど海外のROCKに本格的に興味を持ち始めるようにもなり、WEEZERやNIRVANAといったUSバンドもあまり区別なくとにかく買って買って買いまくりました。

ROCKバンドだけでなく、UNDERWORLDやLEFTFIELD、AUTECHREといったテクノや、リー・ペリーやホレス・アンディ、DRY & HEAVYやオーガスタス・パブロといったレゲエ/ダブ、BLUE HERBやニトロやブッダといったJ-HIP HOP、他にもソフトロックやモータウン、スタックス、更にメロコア、ポストロック、エモ等々、中古盤屋が主戦場だったのもあり多分月に100枚~200枚は買っていたと思います。

とはいえ、美容学校行ったり、その後バンタンというファッションの学校行ったりとまだまだ音楽で食べていこうとは考えもしていませんでした。

18歳だか19歳の時、いよいよ上京し(と言っても実家は神奈川なのですが)最初に就いた仕事は渋谷のPARCOにあったシルバー・アクセサリー・ショップ。

レナード・カムホートやA&G、ローリー・ロドキン・ゴシックなどを扱う当時人気のシルバーショップでした。

それなりに楽しくやりがいもある仕事だったのですが、"ファッションは好きだけどシルバーはそんなに好きじゃないしな。"という身も蓋もない理由で一年半程で頓挫。

なんか次の仕事しないとなって見つけたのが新宿のDisk Unionの募集でした。
たしかこの時が20歳か21歳。
ここが音楽に関わる仕事の第一歩。
現在まで続く長いレコ屋稼業のスタートです。

其の二へ続く。
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by tiny_yagihashi | 2009-02-04 03:44 | History Of Tiny
History Of TINY RECORDS ~イントロダクション~
通常のDiaryやInformationの合間に書いていきたいと思います。

スケールが違いすぎて恐縮ですが、クリエイション・レコーズ物語のタイニー・レコーズ版みたいなものだと思って読んで戴ければと(笑)


これを書き始める大きな理由は2つ。

このブログでTINY RECORDSを初めて知った方や、最近TINY RECORDSを知った方へ、まずTINY RECORDSの成り立ちやどんなお店かというのを知っていただいた方が良いかな。
という事がひとつ。

ふたつめは、そういう話を読んでもらうことで「こんな感じでお店って作れるなら俺も!」とか「俺も音楽で食っていくぞ!」みたいに、特に若い人達に前向きなモチベーションをもってもらえたら良いなという事。

TINY RECORDSは名前の通り、ごく小さな規模のレコード・ショップです。
だからこそ大規模な会社や団体とはまた違うINDEPENDENTな価値観で動いています。

こんな風な考えでこんな事をするっていう選択肢もある。というひとつのモデルケース程度に読んでみてください。


唯一、声を大にして言えるのはレコード屋(個人事業)は楽しい!という事くらいですが。。
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by tiny_yagihashi | 2009-01-10 00:12 | History Of Tiny